花田尚彦 プロフィール
- 家族構成
父、母、妻、子供 4人
(長男10歳、長女8歳、次男6歳、三男4歳) - 好きな歴史上の人物
大久保利通
(新時代を見据えたリアリストとして) - 座右の銘
『成功者になろうとするな。価値のある人間になれ。』
アルバート・アインシュタイン - 趣味
映画・ドラマ鑑賞
(オススメ教えてください) - 経験種目
硬式テニス、バスケ、書道 - 好きなアーティスト
サカナクション

略歴
- ⚫1986年(昭和61年)5月14日小竹町生まれ O型 39歳
- ⚫小竹町立小竹南小学校・小竹中学校 卒業
- ⚫福岡県立 鞍手高等学校 普通科 卒業(57回生)
- ⚫北九州市立大学 法学部 政策科学科 卒業
- ⚫衆議院議員 山本幸三 秘書(私設5年、公設4年半)
- ⚫福岡県議会議員 初当選(2021年6月28日~)
- ⚫九州大学大学院 経済学府(MBA) 修了(QBS 18期)
- ⚫福岡県議会議員 再選(2023年4月)
現在の主な所属
- 【議会関係】
- ⚫県土整備委員会 委員長(常任委員会)
- ⚫国際化・多文化共生社会調査特別委員会 委員(特別委員会)
- ⚫議会運営委員会 委員
- ⚫福岡県河川協会 会長
- ⚫福岡県砂防協会 副会長
- ⚫福岡県道路協会 顧問
- ⚫福岡県日中友好議員連盟 事務局長
- ⚫福岡県神道議員政治連盟 幹事長
- ⚫JR九州福北ゆたか線活性化促進議員連盟 事務局長
- ⚫福岡県スポーツ議員連盟 野球部会 主将
- ⚫福岡県総合計画審議会 委員
- 【政党】
- ⚫自由民主党福岡県支部連合会 広報副委員長 / 青年局長代理
- ⚫自由民主党宮若・鞍手郡連合支部 顧問・政務調査会長
- 【地域】
- ⚫宮若商工会議所 顧問
- ⚫宮若自衛隊協力会 相談役
- ⚫(一社)直方青年会議所 副理事長
- 家族構成
父、母、妻、子供 4人
(長男10歳、長女8歳、次男6歳、三男4歳) - 好きな歴史上の人物
大久保利通
(新時代を見据えたリアリストとして) - 座右の銘
『成功者になろうとするな。価値のある人間になれ。』アルバート・アインシュタイン - 趣味
映画・ドラマ鑑賞
(オススメ教えてください) - 経験種目
硬式テニス・バスケ・書道 - 好きなアーティスト
サカナクション

私の三信条
-
“多様な価値観”の尊重
世の中は答えが一つではないから難しく、だからこそ議論を重ね政治の場で一定の決断をしていかねばなりません。多様な価値観を尊重し、正面から向き合って参ります。
-
“新しさ”への挑戦
歴史を学び伝統を守ることを大切にします。一方で進展の速い現代の技術や制度を取り入れていくことも重要です。経験や年齢に固執せず常に新しいことを学び挑戦していきます。
-
“葉”としての存在
花の成長や見映えには葉の存在が大切になります。
花は住民や事業者であり、その一人ひとりの花を引き立たせる“葉”の存在に私自身はなりたいと思います。
メインカラーがグリーンなのはこのためです。
花田尚彦 4つの政策
現在、これら4つの柱をもとにした政策のほか、地元における県が進める事業や市町の課題の改善にも積極的に取り組んで参りますので、皆様の周りやご自身で抱える問題がございましたら、事務所までご連絡ください。
選挙区
下の地図をクリックするとモーダルが立ち上がって詳しい市町の紹介を見ることができます。
宮若市について(人口 25,584人 (令和7年11月末時点))
2006年(平成18年)2月11日に宮田町と若宮町が新設合併し宮若市が発足しました。福岡市と北九州市の中間に位置する宮若市は、石炭採掘で近代エネルギーを支えてきました。近年はトヨタ自動車九州を中心とした一大自動車産業集積地のまちとして発展し続ける一方、美しい山々に囲まれ自然豊かな環境の中に工業と農業が共存し歴史文化を継承しています。
宮若市は、四方を山に囲まれた盆地のため寒暖差が大きく、清らかな水に恵まれています。この山紫水明の地で育まれた宮若米は、国際コンクールで金賞に輝いています。宮若市は何百年も前から続くおいしいお米の産地で古くから農業が盛んに営まれてきました。耕畜連携した循環型農業で畜産と農業互いに密接した関係を築いています。その他特産品には、旧若宮町に伝わる「追い出し猫伝説」に基づき作られた縁起物で表は、ほうきを持ってギョロリ、裏は手で招いてニッコリ。災いを退散させ幸福を招く表裏一体型の招き猫があります。
平成21年からはJR九州バスと提携し、追い出し猫デザインバス停が設置され、平成24年には宮若市イメージキャラクターに認定され追い出し猫デザインバスが市内を走っています。市内には、緑豊かな自然の景観が楽しめ福岡博多の奥座敷と呼ばれる脇田温泉、泉質は“美人の湯”といわれる硫黄部分を多く含むアルカリ性純泉。お湯は無色透明で適度なぬめり気がある自慢の温泉地と自然豊かな大地から生まれる農産物があり直売所機能も有した宿泊と買い物ができる施設があります。
市をあげて定住に力を入れており、家取得の奨励金や家賃補助など新生活を応援し児童書が充実した図書館、施設一体型の小中一貫教育校の整備など手厚い支援内容でサポートした環境となっています。九州自動車道若宮インターと宮田スマートインターがあり福岡市と北九州市へ約40分圏内というアクセス条件も良好で小竹町と鞍手町を繋ぐ豊かな自然と実りの里、宮若市に私の事務所も構えています。
鞍手町について(人口 14,605人 (令和7年11月末時点))
1955年(昭和30年)1月1日に剣町・西川村・古月村が対等合併し鞍手町が発足しました。福岡市と北九州市のちょうど真ん中に位置し山地にかけては、九州自動車道と山陽新幹線が走っています。2011年(平成23年)2月19日九州自動車道鞍手インターチェンジが供用開始されたことによりアクセスが向上し、発展が期待されています。
かつて黒ダイヤと呼ばれた石炭で栄えた筑豊、鞍手町は古代からの宝物が数多く眠る場所です。古代は海だった場所から縄文時代前期だと推定される巨大貝塚が発見されており、鞍手町と遠賀川流域の歴史を知る上で重要な文化財が各時代欠けることなく発見され、大切に継承された文化遺産が歴史民俗博物館にて保存されています。
その他、日本三大長谷寺の一つとされています通称「長谷観音」と呼ばれる浄土宗の寺院に国指定重要文化財の木造・十一面観音菩薩、古墳時代後期の6世紀後半から7世紀に使われたとされる国指定史跡 古月横穴などがあります。伝統文化あふれる歴史がいっぱいつまった町では戦後、西日本で最も古い歴史を持つといわれる「巨峰」の産地となり、福岡を代表とする「あまおう」や「いちじく」獲れたての「卵」など豊かな自然の中で育てられた特産品があり、鞍手町のうまいもん「鞍手う希(まれ)」と称され町内外から大きな注目を浴びています。九州では初の快挙となる麦と大豆の両方で「農林水産大臣賞」を受賞された生産技術から生まれたお米があります。
また、現在はコスプレ等のサブカルチャー事業に取り組み、交流人口の拡大や子育て支援による移住・定住事業にも力を入れています。教育環境の充実を図るため2015年(平成27年)4月、町内2校の中学校を統合し以前専門学校として使用されていた校舎にて鞍手中学校を開校し、広々とした空間に充実した学習設備やグランド、専用の野球場・サッカーグランド・テニスコートなどこれからの子供たちが集中してのびのびと勉強やスポーツに取り組める環境となっています。
小竹町について(人口 6,805人 (令和7年11月末時点))
私の生まれ育った町である小竹町は、1928年(昭和3年)1月1日に勝野村から調整施行し、本年90周年を迎えました。かつては坂本龍馬も従来したといわれる長崎街道の間の宿として、また幕末の頃から盛んに石炭が採掘され昭和初期は石炭産業の町として発展してきました。長崎街道と小竹町の歴史探訪の道は、美しい日本の「歩きたくなるみち」500選 認定コースにも認められました。新緑に満ちた自然風景の町の中央を一級河川遠賀川が南北に流れ貫き、現在の国道200号線の堤防沿い嘉穂から直方に至るこの道筋は「竹屋根」と称され、小さな竹藪が生い茂り「小竹の処」と呼ばれていたことが町名の由来となっています。
福岡県のほぼ中央に位置した町内には、JR筑豊本線 福北ゆたか線の「小竹駅」・「勝野駅」、平成筑豊鉄道 伊田線の「あかぢ駅」3つの駅があり、2路線が利用できる交通の環境に恵まれた自然豊かな町です。炭鉱で栄えた筑豊地区を象徴する“ボタ山”跡地で高台にあり筑豊が一望できる広大なブルーベリー狩りスポットとなる観光農園では、約1700本のブルーベリーが植えられており収穫する夏には、多くの人たちで賑わいをみせています。
自然素材の竹を使った天然竹スピーカーは、小竹町の竹職人と100歳を超えた日本画壇の巨匠とのコラボから生まれテレビでも放送されました。小竹町文化財には、1920年(大正9年)にアメリカから輸入された全国で2台しかない貴重な蒸気機関車「アルコ23号」があります。もう一台の「アルコ22号」は宮若市石炭記念館にあります。小竹町の未来予想図として、豊かな自然と歴史や文化に恵まれた掛け替えのない財産を次世代に残すため、まちづくりに取り組んでいます。町の施策として移住定住促進住宅の建設や民間賃貸住宅建設費補助など小竹町へ移住していただく方へ向けて取り組んでいます。
後援会より
花田尚彦後援会
連合会 会長中島 健三
『地域内の格差や分断を10年後・20年後に残してはならない。』
花田県議の宮若市・鞍手町・小竹町それぞれの後援会を包括した連合会の会長を務めさせていただくことになりました中島健三と申します。私自身、昨年の3月まで宮若市議会議員として共にしてきた中で、上記の彼の郷土への思いと政治理念に共感し、この度、お引き受け致しました。
彼は初当選以降のわずか1年半の間でも、それまで国会議員の秘書として政治に携わってこられた経験値や人脈を活かして、早速、即戦力として県議会や地域において活躍しております。県庁(議会)との行き来で時間が限られる中でも、地元の会合には細かく参加され、活動報告紙も丁寧に発行するなど様々な形で県政を我々に伝えてこられましたが、まだそれらが十分に行き届いていない方も多いのではないでしょうか。
一人でも多くの方に彼の思いと働きを知ってもらい、“共に”この地域の明るい発展を見据えていただきたいと思う次第です。どうか皆様のお力で彼をさらにお育ていただきますようお願い申し上げます。
活動報告
















